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マンデーからツアー初勝利(6人目)。新婚イヤーの初勝ち星で全英切符・・8年目に幸運をつかんだ浅地洋佑(25)。杉並学院高の遼の後輩!

昨年8月、結婚した愛妻・智子さん(左)とバンザイして初Vをよろこび合う浅地洋佑(右)=千葉、総武CC総武コース

東京・杉並学院高で石川遼の2年後輩として名を売ってきた浅地洋佑(25)が、プロ8年目にしてようやく日の当たる場所への登場です。国内第3戦、ダイヤモンドカップ(千葉・総武CC総武コース)で首位に立った最終日、最後までM・L・シン(韓国系米国)、アマチュアの米澤蓮(19=東北福祉大2年)の厳しい追撃を受けながらが、しびれる激戦を見事に勝ち抜きました。、2人の2位を1打差に抑えての通算3アンダーでの悲願達成。この試合出場資格のなかった浅地は、月曜日に行われたマンデートーナメント(主催者推薦選考会)を通過しての出場で、マンデーからの優勝は9年ぶり6人目の快挙。昨年8月に入籍、今年3月23日に結婚式を挙げたばかりの新婚イヤー。智子夫人(25)と女手一つで育ててくれた母親・伸子さんの見守る前で迎えた歓喜の瞬間でした。3000万円を得たこの勝利で賞金ランク1位に浮上。7月の全英オープン(北アイルランド)出場権も初ゲット。下積みの苦労を続けた男に、突然射してきた脚光です。

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8年目でツアー初Vを挙げた浅地洋佑のショット。

これまでツアーでの優勝歴がなかった浅地が最終日の難関をよくぞ耐え抜きました。大詰の4ホール。15番(パー4)、バンカーに入れながら1.5㍍に寄せこれをパーセーブ。シンのボギーで1打リードで単独首位に立ちます。16番(パー3)、遠いバンカーに落とし30メートルのバンカーショットを1㍍強につけてパーセーブ。17番(パー5)、グリーン右手前ラフからの30ヤードの寄せを6㍍オーバー。1㍍のパーパットを沈める。17番でシンがバーディーをとって1打差に迫られての最終18番(パー4)。ドライバーで右ラフ。約130ヤードのセカンドがグリーン奥のバンカーまで転がり落ちる大ピンチ。すでにアマの米澤も1打差の2アンダーでホールアウトしていました。このホール、パーを取らなくてはプレーオフに持ち込まれます。30ヤード近いバンカーショットが2.5㍍手前で止まり、下りのパーパットが残りました。絶体絶命の崖っぷちで打ったこのパーパットは、スルスルと滑りカップ左淵からポトリと沈みました。ウィニングパーパットが決まったのです。

★この時の心境は?
「とにかく3パットしたら最悪なので、タッチを合わせることだけ考えて、外してもプレーオフだと思った。下りのフックライン。手がめちゃくちゃ震えてました。クラブを持っている感じがなかった。わけがわからなかった。下りのパットだからまだよかった。打たなくても行ってくれるラインだったから。今週はバンカーショットとパッティングが最高によかったので勝てたようなものです」

フェアウェイは日を追うごとに硬くなり、グリーンは簡単にはボールを止められない難しいコンデイションが、総武コースの難しさを倍増させていました。毎日落ちていくサバイバル戦。3日目のアンダーパーは6人。最後は5人しかアンダーパーはいませんでした。

プロ入り8年目の25歳になった浅地洋佑。杉並学院高時代は石川遼の後輩として名前が通り、アマチュアでは中学3年で日本ジュニア優勝。杉並学院高2年の2010年には同じダイヤモンドカップに出場。2日目に2位につけて話題を集め最終的には9位に入る健闘をみせました。2011年のQTで11位に入ってプロ宣言。12年にはチャレンジ(下部ツアー)で初勝利。カシオワールドで9位に入り初シードをつかみました。″遼の後輩〝として当時注目された浅地ですが、翌13年にシードを落とすと低迷が続き、生活も荒れていたといいます。8年間勝てなかった間、途中でプロをやめようかと思った時期もあったそうですが「とにかくやめないでよかった。母に言ったら、″あんたみたいなのが他で働けるわけないでしょ〝とめちゃくちゃ怒られた。もっともだなと思って頑張れました」(浅地)。
QT5位で臨んだ17年にようやく5年ぶりのシード復帰。18年は関西オープン4位、ダイヤモンドカップ15位などで賞金ランク自己最高の56位で復調をみせてきました。
同学年に時松隆光、川村昌弘らがいますが、
昨年8月には保育士だった智子夫人と知人の紹介で知り合って結婚。智子さんは専業主婦となって新生活をスタートさせた2年目。母の日には最高のプレゼントも母親にできたよろこびをかみしめる洋佑です。

熱戦が展開された千葉、総武CC総武コース

169㌢、68㌔。むしろ小柄な体型ですが、元々ショートゲームを得意としていて、今回の激戦を勝ち抜いたのも小技とパットの巧みさが決め手となりました。最近はトレーニングを積んだ効果で、体も一回り大きくなって飛距離も伸びたともっぱらの評価。8年間の辛苦が浅地洋佑を一回り大きくして眠りから覚まさせたようです。愛する伴侶を得て智子夫人も保育士の仕事を辞めてプロの背中を押しています。「家族ができて気持ちは一新した。もう、1打をムダにできないと思ってやっている。気持ちの切り替えも大分できるようになった」と、一家の主としての自覚も出来てきたようです。先輩の石川遼が腰痛に苦しむ今季、その″代役〝としても洋佑の一大奮起が待たれます。

(了)