強いアン・ソンジュ(25=韓国)が帰ってきました。3年前、日本ツアーに鮮烈なデビューをした小太りの愛らしいアンが、アクシデント続きのこの一年を吹き払うように、風雨の強かった最終日の箱根の山で、9バーディー(2ボギー)で66を出す久々圧巻のゴルフ。大会記録を1打更新する通算15アンダーまで伸ばし、3打差4位から大逆転で11ヵ月ぶりのツアー通算12勝目(CATレディス=神奈川・大箱根CC、パー73)を挙げました。日本デビューするやいなや2010年、11年と2年連続で賞金女王に輝き、日本女子界にアン旋風を巻き起こした韓国選手。その後は“悪夢”続きでファンの前から消えかかっていましたが、劇的な不死身のカムバックを果たしました。
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酷暑の続く下界をよそに、箱根・仙石原は濃い霧の上、冷たい風。時折襲ってくる豪雨で、試合は2度の競技中断がありました。そんな悪コンディションもアンには関係ありませんでした。3打差4位からの最終日。スタートの1番で4メートルを沈めると、3番(パー3)で5メートル、4番は1メートルとショット、パットともさえて前半だけで5バーディー。後半も10番で3.5メートルを決める快調な足取り。じわじわと迫ってくる笠りつ子を突き放したのは、バンカーに囲まれている17番のパー3。「アイアンショットがよかったが、特に150~160ヤードが多くて、7番で打つとピン近くに寄っていたので自信を持っていた」(アン)という7番アイアンで、ここでも1.5メートルにつけ、この日9個めのバーディーで勝負を決めました。
「久しぶりの優勝争いで特に後半は“優勝かな”と意識して緊張したけど、我慢のゴルフが自分の中でできた。頑張りました」とアン。同組で回った吉田弓美子に「いままで大変だったね・・、おめでとう」と祝福の抱擁をされると、泣くまいと思っていた涙腺が一気に緩みました。苦しかったこの1年。アンの脳裏に次々とその思いがよみがえりました。来日早々、2年連続の賞金女王。しかし、昨夏から左手首痛、足首痛と故障続き。今季も調子が上がらず、5月のワールドレディス・サロンパス杯にのとき、大会3連覇にすごいプレッシャーがかかり、その重圧で「ゴルフから逃げたくなった。ゴルフ場にも行きたくなくなって、ゴルフをやめようかと部屋で毎日のように泣いていた」。父親ビョンギルさん(57)に「ゴルフをやめたい」と弱音を吐いてしまったのです。この訴えが、父親に強いストレスを与えてしまって体調を悪くさせる悪循環。アンの方は逆流性食道炎にかかって、いまも辛いものは控えるなどの食事制限を強いられました。
なかなか病院に行かない父親を見て、アンは自分が心配をかけたからだと思い込み、先週帰国したとき「病院に行かないと私はゴルフをやらないから」と直接父親にいったのです。やっと病院に出向いた父親は、今週水曜日に検査を受けることになったそうです。こんな日々を送るアン自身も気分が高揚せず、練習意欲もなかったのですが、「今週はやっと練習する気になって、満足するまで練習に打ち込みました。それがよかったと思います」と、ふり返っています。
いいことのない今年のアンに、追い打ちがかったのは6月のニチレイでした。キャディーが方位磁石を使用していたことで、アンは2日目に競技失格というアクシデント。
「自分自身のマインドコントロールができなくて、ゴルフが怖くなった。ゴルフ場から逃げたかったし、これじゃダメだと、また部屋で1日泣いてました。ゴルフはメンタルですから、逃げたくても逃げちゃダメと自分に言い聞かせて、なんとかここまできました。最終日も、お父さんのためにも、気分が下がっても逃げない、と今週はスマイルを通したのがよかったと思う」
涙、涙なしでは聞けないようなアンの自分との闘いでした。
苦しんだ自分を慰め、励ましてくれたのは「父しかいない」と、愛する父親への思いを募らせるアンちゃんです。その父親が「アメリカでプレーするアンちゃんを見たい」と前から言っているのを実現させるため、父の検査結果がよければ、10月の米ツアー2次予選会を受験します。「もしアメリカにいけても、それは1年くらい。また戻ってきて日本でプレーしたい」と、あくまでも父親の近くにいたいと願うやさしいアンちゃんです。
次週30日からのニトリレディスはこれもディフェンディング・チャンピオンとして連覇を狙います。ようやく長いトンネルの先に灯りがみえてきたアン。秋以降に予定されている国内メジャーを意識して「自分をテストしたい。感覚も上がってきたから、メジャーで私を試したいのです」ときっぱり。強い韓国勢の中でも、日本にファンも多いアン・ソンジュ。完全復活を目指す賞金女王の足取りやいかにー。今季賞金ランキングは、ようやく15位に上がってきました。