男子ツアーにまた涙・涙のドラマが生まれました。主役を演じたのは、プロ11年目、鳴かず飛ばずだった木下裕太、32歳。千葉市生まれ、日大3年中退で07年11月にプロ転向。下部ツアーで1勝を挙げ、マイナー生活が続いた裕太に、ビッグチャンスが訪れたのは「マイナビABCチャンピオンシップ」(兵庫・ABCGC)。最終日、トップを走りながら最終18番で1.5㍍のウィニングバーディーパットを外して川村昌弘(25)に追いつけれ、プレーオフ1ホール目のパー5では2オン、4㍍のイーグルパットを決めて勝利するという派手な立ち回りを演じました。「いつ辞めてもおかしくなかった。シードも取れず稼げず、プロというのが恥ずかしかった。いま、夢の中にいる感じ」と、述懐した苦労人。優勝賞金3000万円をつかみ、一気に賞金ランク9位(5079万円)にまで浮かび上がってきた木下裕太とはどんなプロゴルファー!?
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まさにどん底から這い上がってきた男です。木下裕太を語るとき、エピソードはネガティブな話ばかりが通り抜けます。小学2年でゴルフを始め、同じ練習場に一つ年上の池田勇太がいました。同じユータでも一回り体もおおきい池田勇太には「生涯、かなわない相手と感じていた。小6で当時2番アイアンで凄い球を打っていた」(木下)という。関東ジュニア優勝(03年)や全日本パブリック選手権優勝(04年)、日本アマベスト8(06年)など、千葉県代表で頑張ったころが花でした。本格的にゴルフがしたくて日大3年で中退。当時、金髪ロン毛で批判されたこともありましたが、上の人に叱られてすぐ3ヶ月でもとの黒髪に戻したという。08年にプロデビューしましたが、下部ツアー暮らしの毎日。2年目の09年に下部で1勝しますが、ツアーへの手がかりはつかめません。QT(ツアーへの予選会)は受けてもファイナルまでいくのがやっと。16年は下
部ツアー5試合に出て手にした賞金は15万円足らず。「下部ツアーでも″やってやる〝と前向きにならないといけないのですが、また行っても赤字になるだけと思ったら、ゴルフに集中できなくて・・。ふてくされて、真剣にやっている選手に失礼だからいかない方がいいかなとか・・」。その16年暮れに両親に「最後のチャンスにするから」と頭を下げて借金。「ファイナルQT7回目の挑戦」(裕太)で自己最高の18位になり17年からのツアー出場権をつかんだのです。その17年の獲得賞金は17試合に出て929万6800円。賞金ランクは83位。賞金シードを確保するまでにはいかず、今季はQT30位の資格で出場。これまで13試合で予選落ち3回。しかし、8月の夏場に入ってからはRIZAP・KBCオーガスタ7位タイ。ISPSハンダマッチプレー7位。東海クラシック6位タイ、日本OP16位と調子を上げていたところでした。フェアウェイキープ率では7位というのは、正確なショットが″売り〝のプロです。
自称「ビビりでネガティブな男」裕太も、今回のマイナビABCでは神懸ったプレーを連発しました。最終日、1番(パー4)で″OKパット〝をお先にでタップすると、ボールはカップの縁を一周。一瞬淵で止まり、約3秒後にポトリとカップに沈むパーセーブ。「あれが外れていたら・・。ぞっとします。ホント、怖かった。朝イチで終わっちゃうところだった。あのあとはちゃんと毎回マークするようにしました」と冷や汗でした。川村のイーグルで1差に詰め寄られた直後の16番パー3では、ティーショットが入りかけ、カップ20㌢に止まるスーパーバーディーで突き放したのは見事でした。最終18番では″入れれば優勝〝の1.5㍍のバーディーパットを外してうずくまり、同組の川村のバーディーで並ばれプレーオフへと舞台は二転三転します。POの1ホール目(18番パー5)。池越えのセカンドで二人ともに2オン。川村がイーグル外しのバーディーのあと、木下は4㍍のイーグルパットを沈めて、劇的なフィナーレを迎えました。
☆11年目の初Vコメント。木下裕太。
「(POのイーグルパット)迷ったけど真っ直ぐ打った。ラインに乗ったのでスローモーションに感じましたね。これで終わったかと思って、力が抜けました。震えながらでも手は動いた。昔からそういうときに上手く打てる。それが自分の特性かなと。それくらい追い込まれないと、自分のゴルフは下手みたいです。去年1年間ツアーに出て、ツアーはフェアウェイにいないと、パーはとれてもバーディーチャンスにならないと感じた。飛距離を少し落としてもフェアウェイをキープする練習をした。自分はまっすぐ打つのが苦手なので、30ヤード曲げたり、右から左に曲げたりと、ドライバーでアプローチするイメージで、練習場で遊びながらやってきたのがよくなってきましたね」。
本戦とPO。18番グリーンで2度、うずくまった裕太。後の方は歓喜の一瞬。頭をかかえると、涙があふれ出てきました。ふらふらと立ち上がった裕太の右手を、敗者の川村が高々と持ち上げ、ガッツポーズを促したのです。
苦節11年。どん底を見た32歳が、初めて栄光のスポットを浴びました。千葉での練習仲間、1学年上の池田勇太が、ツアー20勝を挙げた今季。同じユータがひっそりと1勝を挙げました。これからのゴルフ人生。二人のユータの足取りはどこへ向かうのでしょうか。裕太は3人兄姉の末っ子。独身です。
(了)