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大苦戦のなか1.2mにつけた96ヤードのウエッジ(最終18番)。「ナショナルOP制覇。誇りをもってプレーできる」と藤田寛之!

54歳にしてやっとつかんだ“日本タイトル”。嬉しいカップを掲げる藤田寛之(能登CC)写真提供:日本ゴルフ協会。

これまで日本シリーズの優勝はあるものの、ナショナルオープンの制覇はこれが初めて。粘りが身上の藤田寛之が、まさに真骨頂のゴルフをビッグトーナメントで見せてくれました。第33回「日本シニアオープンゴルフ」は、初めての北陸路、石川・能登CC日本海・はまなすコース(9・14~17)で、残暑厳しい中での4日間の激戦でした。

シニアルーキー片山晋呉は許可の出た“短パンスタイル”で日本シニアオープンに初参加。健闘したが、3打差6位だった。(提供;日本ゴルフ協会)

シニアの大会ということもあって選手の“短パンツOK”も出て日本では珍しい男子ゴルフの風景。最終日、1打差2位から出た54歳の藤田は、暑さのためかショットを乱し苦しいゴルフの連続。3人首位に並んで迎えた最終18番(パー5)でもティーショットを左の林へ。万事休すかと思われましたが、ここで冷静に2打でフェアウェイに戻し“3打目勝負”は96ヤード。渾身のウエッジショットはピン奥1.2mにピタリ。これを沈めた薄氷の逆転劇。通算10アンダーでマークセン、山添昌良を振り切り、悲願のナショナルオープンタイトルを手にしました。シニア4年目で22年8月の「マルハンカップ」以来の通算3勝目。1600万円の優勝賞金を得た藤田は賞金ランク3位へ急浮上です。

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独特のハイフィッシュの藤田スイングは、シニアになっても変わらない。

レギュラーツアーでは賞金王もとり、マスターズ選手にもなりました。日本シリーズでは12年から3連覇するなどでレギュラー18勝を挙げ生涯獲得賞金15億円超を達成しているプレーヤーです。さほどの飛ばし屋ではないが、粘り強いプレーが藤田ゴルフです。プロゴルファーとしての生きざまは、ゴルフプレーと同様にタフそのもの。22年末にレギュラーツアーの賞金シードから陥落した藤田は、それでゴルフ人生を終わろうなどとは微塵も思っていませんでした。下部のABEMAツアーにもさっそくエントリーしてフェアウェイから縁をきることはありませんでした。かと思うと一方では昨年の国内シニア賞金ランク4位までの資格(藤田は2位)で海外シニアのメジャー「全米プロシニア」(今年5月)の最高ステージへ挑戦して37位と健闘しました。さらに「全米シニアオープン」(6月)へのチャレンジャーともなるなど、日本で築いた“実績・資格”を生かしてティーグランドに立ち続ける藤田のゴルフ人生です。

40代になってレギュラーツアー12勝。賞金王になったのは43歳。それでも50歳のシニア世代に入ってからは体力の低下を感じ、近年はヨガも取り入れて戦う態勢を整えています。ゴルフ人生下り坂にあることは意識しながらも「悲観せず楽しみながら坂をおりていきたい。下りにもまた楽しみがあると思う」という。「そこに出られる試合があれば足が向く。出場権があって、試合のスケジュールが合えばどこへ行っても違和感はないんです」という不死身の男なのだ。

★今週最終日、藤田寛之の述懐ー。

シニアルーキー増田伸洋。2日目首位に立つなど優勝争いに加わって注目されたが、2打差4位タイ。今後、頼もしい50歳のシニアツアー新戦力だ。(提供:JGA)

「北陸の夏もこんなに暑いのかと思う日々でした。最終日、その暑さもあって特に前半は全然フェアウェイにいかずパーオンしたのも6番と9番だけ。その2つでバーディーがとれたのはよかったですが、ラフやバンカーばかりで苦しかった。朝の練習場では結構よかったのにコースに出たらボロボロ。シニアになるとみんなこんな感じなんですかね。でも、途中スコアボードをみたら、9アンダーで並んでいてみんな伸びていない。これじゃあ上がり3ホールでバーディーがとれればプレーオフか優勝もあるかな。まだワンチャンスあるかなとは思ってました。調子が悪い中でもスコアをまとめて優勝できたのは、30年のプロ人生で培ってきた何かがあるんでしょうね」。

シニアになるまで長年やってきてとれなかったナショナルオープンのタイトル。シニアにも日本タイトルがあって、プロゴルファーなら一度は手にしたい栄冠。それがこんな形で54歳にして手中に転がり込んできたのです。

昨年の「日本シニアOP」覇者、マークセン(タイ)は大会2連覇を目指して猛追してきたが1打差2位にとどまった。

「これまで多くの応援とサポートを受けてきて、そんなみんなに最高のニュースで少しは恩返しができたかなと思う」としみじみと話した藤田。先に上がっていたマークセンと山添がハウスで息を殺して見守った中、18番最後のウィニングパットは「自分では1.2mくらい。下りのラインはスライス。強さはバントくらいでいこうと思っていた」と、微妙だった1打を明かしました。

苦しかった4日間。特に暑さと激戦でくたくたになった最終日。そしてつかんだ人生初の“日本タイトル”。「信じられない感じですけど、この優勝で、少しは誇りをもってプレーできるようになるんでしょうがー」と、54歳は果てしない進化をかみしめるのでした。

(了)