日本のゴルフ界に、久々、ビッグニュースです。シニアゴルフの海外メジャー、全米プロシニア選手権(ミズリー州セントルイス、ベルライブCC)で、シニア2年目の井戸木鴻樹(いどき・こうき=51)が、初出場して大逆転の初優勝です。5打差の5位スタートの井戸木は、持ち前の正確なショットに加え、パットが面白いように決まってボギーなしの6バーディー、65の通算11アンダー。米シニアに挑戦してきた青木功も尾崎直道もなしえなかった米シニアメジャーVを、井戸木は生涯初めての米本土遠征で成し遂げました。日本人の女子では樋口久子が77年に全米女子プロ選手権でメジャー優勝していますが、男子では02年、全英シニアオープンを制した須貝昇に続くシニアメジャー優勝。“日本一飛ばないプレーヤー”といわれた井戸木が、正確さとパットで“世界”を制覇したのは快哉(かいさい)を叫びたい出来事です。
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167センチの日本でも小柄な“無名男”が、大男揃いの米ツアーを一泡ふかせました。初めての米国本土遠征とは思えない最終日の大チャージ。2番で2メートルを沈めると次の3番(パー3)では10メートルのロングパットを決めて波に乗りました。7、8番もとって前半だけで4バーディー。後半は10番で6メートルのパーパットを沈め、12番でも5メートルをセーブするなど難しいパーパットをしぶとく入れてピンチをしのぎました。14番で訪れた4メートルのバーディーチャンスはきっちりと決める強さ。首位スタートでスコアを伸ばせなかったケリー・ペリー(米)と10アンダーで並んでいた17番。ピン上7メートルのバーディーチャンスは、ラインがうねる難しい芝目を読み切ってカップに流し込みました。ここまでパットが決まれば、ゴルフは勝てます。18番も確実にパーで収め、ペリー、ハースの米国勢に2打差をつける鮮やかな逆転劇でした。
曲がらないショットを主武器に、グリーン周りのショートプレーも手堅くまとめていく井戸木ゴルフ。その最高のプレーが最終日に出たのですからたまりません。初日の71「30位」から2日目69「8位」、3日目68「5位」と順位を上げ、特に3日目はトム・ワトソンと同組でプレーし、「緊張したが集中力も出た。とにかく自分のゴルフに徹した」(井戸木)と、高ぶっていくモチベーションは、最終日に向けて最高でした。
井戸木鴻樹の優勝コメント
「最終ホールまで勝てるとは思わなかった。まだ信じられない。アメリカの選手と、どんな戦いができるのか、自分自身にトライするつもりでアメリカにきたんです」
無欲のプレーが呼んだ“奇跡”でしたが、
井戸木はレギュラーツアーで2勝(90年関西プロ、93年NST新潟オープン)。11年11月2日に50歳の誕生日を迎え、シニア最終戦の富士フィルムシニア1試合だけでシニアデビューしました。実質シニア本格参戦は12年からで、昨季最終戦の富士フィルムで19年ぶりの優勝を飾ったばかり。
大阪生まれの井戸木は、10歳でゴルフを始め、豊川中学卒業後、大阪・池田市の箕面ゴルフ倶楽部で前田利光プロの門下生となります。まじめでゴルフ一筋。キャディーをしながら“練習の虫”といわれる修業をしました。82年にプロ入り。パットや小技はうまいのに飛距離が出ないのに悩み、距離の出るドローボールを採り入れたがったのですが、師匠の前田利光プロはそれを許さず、ストーレートボールヒッターに育てられたのが、井戸木の大きな武器になったのです。47インチの長尺ドライバーを愛用していますが、シニアツアーで海外試合も豊富な海老原清治プロは「井戸木はにくたらしいくらいショットが曲がらない。でも全米プロシニアに勝つとはすごい。こうなったら応援したいね。アプローチ、パットはしっかりしてるからね」と、寸評しています。いつも笑顔を絶やさず、人付き合いは抜群。関西のサンテレビのゴルフ番組「原田伸郎の目指せパーゴルフ」には、専属プロとして毎週出演してレッスンを続け、7年目を迎えている人気番組です。「ドッキー」の愛称で親しまれてきた気さくなナイスガイです。
ゴルフに負けずに井戸木の好物は酒。昨年の富士フィルムでシニア初優勝した時は「(前日の誕生日)きのうは100円高い焼酎を1杯多めにいきました。きょうはもうちょっといってもいいかね。いまはお酒しか楽しみがないから・・」と、おどけて笑わせました。優勝副賞に“君津の六蔵銘酒セット”を贈られ、目を細めていたドッキー。世界のメジャーを獲ったのですから、どんなお酒で祝杯をあげるのでしょう? 29日には帰国凱旋記者会見を東京・浜松町で行うことも決定しました。日本のシニアツアーを盛り上げる一助にもなりそうな、鴻樹の快挙でした。