デルタ航空が新たにサポート!マスターズ選手、藤田寛之に計10社が支援

マスターズからの正式招待状をかざし、プロ20年目でつかんだ夢舞台への決意を語る藤田寛之(東京・銀座 ヤマハホールで)
マスターズからの正式招待状をかざし、プロ20年目でつかんだ夢舞台への決意を語る藤田寛之(東京・銀座 ヤマハホールで)

 ”アラフォーの星”藤田寛之(41)が初めてのマスターズ出場権を得たことで大騒ぎ?です。1月13日には、用具契約をしているヤマハの東京・銀座のヤマハホールで「マスターズ挑戦表明会見」まで行いました。プロ20年目に突然つかんだ夢舞台です。「(招待状を受け取って)こんなものが自分の手元にあっていいものだろうかという不思議な感じだった」と、正直な感想をもらしていた藤田ですが、これを機に米国航空会社大手のデルタ航空と1年間のスポンサー契約を締結しました。4月のマスターズまで3試合の米ツアーに出るなど、日米を往復する藤田にとって、ビジネスクラス(米国内線はファーストクラス)のチケットをサポートしてもらえるオフィシャルエアーラインを得たことは大きなことです。これで藤田は計10社の企業からサポートしてもらえる人気選手となり、あとは夢舞台オーガスタでどこまで頑張れるかです。マスターズは遼と勇太だけではありません!
 
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藤田寛之の"マスターズ挑戦会見"に集まった報道陣(東京・銀座ヤマハホール)
藤田寛之の"マスターズ挑戦会見"に集まった報道陣(東京・銀座ヤマハホール)

 銀座のど真ん中に昨年2月に新築されたヤマハビル。その7Fにあるヤマハホールには100人に近い報道陣。テレビカメラは12台も並びました。昨年暮れ、世界ランキング50位以内(48位)に入ったことでつかんだマスターズチケットです。藤田はその招待状を手にスポットライトを浴びて壇上で語りました。
 「世界ランク50位以内に入って資格を得たことは分かっていましたが、やはり招待状を手にしないと、と思っていました。クリスマスまでに来なければ年が明けてから、と聞いていたのですが、暮れの27日に自宅に届きました。外出中でヨメが受け取りすぐ連絡がありました。自分が帰るまで封をあけないようにといいました。小さい子どもがいるので、破いたり汚したりされては困ると思ったからです。テレビや新聞で見ていたあの招待状が、自分のところにもきたのかという感じだった」と、そのときの興奮と喜びを話しました。
 

オーガスタナショナル"名物"の16番パー3ホール。
オーガスタナショナル"名物"の16番パー3ホール。

 昨冬12月、日本ツアーの最終戦、日本シリーズJTカップで劇的な優勝を果たしたのが効いて、藤田の世界ランクが50位の壁を破りました。プロ入り20年、41歳になってまさかマスターズに初出場できるなんて、夢にも思っていなかったでしょう。プロゴルファーにとって、マスターズはまさに夢です。実力者には門戸を開いてくれる全米オープンや全英オープンとは違って、マスターズはマスターズ委員会が”独断と偏見”で選ぶ完全招待制のプライベートトーナメントです。いまでこそ世界ランク50位以内(年末)と、大会開幕4週前時点での世界ランク50位などの出場資格カテゴリーができましたが、1900年代終盤まではこのような出場資格はありませんでした。歴代優勝者や特別招待など数少ないカテゴリーによるだけで、日本選手も前年賞金王になっても必ずしも招待状がくるとは限りませんでした。当時のマスターズなら、賞金2位の今年の藤田寛之にはまず招待状はこないでしょう。
 

"マスターズ挑戦表明会見"の後、スイングしてみせる藤田寛之(ヤマハホール)
"マスターズ挑戦表明会見"の後、スイングしてみせる藤田寛之(ヤマハホール)

 時代が変わってマスターズも2000年代になってかなり”開けた”ものになりました。全米アマ、全英アマ優勝者など限られた数名しか出られなかったアマチュア部門も、今年はアジア・アマチュア選手権で優勝した松山英樹(18、東北福祉大1年)に出場権が与えられるほどになりました。日本ツアーの賞金王には、最近は”マスターズ委員会による特別招待”の枠で毎年招待状がくるようになりました。従来は「24位以内」だった翌年の出場権が、現在は「16位以内」となっています。
 
 そんな事情を十分に知っている41歳の藤田だけに、喜びはひとしおなのでしょう。全米オープン、全英オープンなどメジャーは他にも経験している藤田ですが、マスターズとなるとまた別もの。「夢が現実になって、いつまでも夢・夢といっていないで現実に戻ってオーガスタでどんなプレーができるかを考え始めています」と気持ちを引き締めています。実は、藤田は13年前の98年に雑誌の仕事で一度マスターズを”取材”しています。「そのときのイメージは、テレビで見るよりもコースにはアップダウンがあり、グリーンは小さめだった。でもあれからコースは随分改造されているみたいですから、行って実際にやってみないとよく分からない。経験のある遼クン(石川)や勇太クン(池田)と一緒に練習ラウンドしてもらって、いろいろ聞きたい。(特徴的な)グリーンにはすごいアンジュレーションがあるので、どこに落としたらいいか、ポイント、ポイントを頭に入れないといけないでしょう。片山晋呉に聞いたのですが、グリーンまわりからはいつも以上にいろんな種類のアプローチが必要といってましたね」
 もう藤田の頭の中は、オーガスタコースのさまざまなイメージが巡っているようです。左曲がりの多いオーガスタは、ドローヒッターの方が有利という定説もあります。藤田の持ち球は、逆のフェードヒッターです。「練習で自然にドローを打とうとしている自分が怖いですね。ムリにドローにするとおかしくなるので、せめてフェードからストレートな球になるような練習をします」と、苦笑いしていました。「いままでテレビで見て、DVDやCDに撮って、毎年見てきましたが、マスターズがどんなに素晴らしいかはまだ未知です。おそらく平常心ではプレーできないでしょう。世界の壁の厚さは分かっていますから、マスターズに初めて出て優勝を狙いますとはいえないですね。自分のこれまでの成績からみても20位以上に入れば・・というところです。ただ日本人の代表として、世界にアピールできるようなゴルフを責任をもってやってきたい。日本では賞金ランク2位といっても世界の舞台にいけばだれも知らない”無名の外人”です。失うものはないですから集中してやってきます」
168センチ、70キロの小兵ですが、パットの名手だけに、持ち前の正確なショットで難解なグリーンをどう攻略するかは見ものです。”リトル藤田”の名を高めてほしいものです。
     
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 キャディーは日本で12年来のエースキャディー、梅原敦さん(36)を使います。オーガスタは地元のハウスキャディーを使った方が有利といわれますが、藤田は気心の知れた日本人に決めました。できうれば1週前にコースに入り、そのときにハウスキャディーを雇って一緒に練習ラウンドを回ってもらう計画を立てています。
 オーガスタには夫人や子どもたち、キャディー、トレーナーら「オールスターキャストで行くつもり」(藤田)ということで、コース近くの民家を一軒借り、ベッドルームが足りないので他にホテルもとって一行に備えるそうです。さらに師匠の芹澤信雄プロが今年もTBSのテレビ解説に起用されてオーガスタに行く予定なので、藤田には心強いスタッフの一人となりそうです。
 
 これにデルタ航空のサポートが加わりました。本拠をジョージア州アトランタに置くデルタ。アトランタはオーガスタへの中継地です。藤田はマスターズまでにアクセンチュアマッチプレー(アリゾナ)、ホンダクラシック(フロリダ)、キャデラック選手権(フロリダ)の3試合に出場します。その後はいったん日本に帰り、地元の静岡・葛城GCで師匠の芹澤信雄らと合宿練習で仕上げて4月7日からのマスターズに備えます。こうした日米を往復する空の旅で、ビジネスクラスの航空券(米国内はファーストクラス)と成田空港はじめ全米各地でデルタの空港ラウンジを使用できる契約(期間は1年)を提供されたことはすばらしいことです。快適なフライトで米国参戦を応援してもらえるのです。
 藤田プロはこのデルタ航空との契約で合計10社のサポーティング企業(別項)をゲットすることになります。マスターズでの成績いかんでは、超一流の人気選手の仲間入りも夢ではありません。
 

 ★ 藤田寛之のサポーティングカンパニー   10社★
 
 葛城ゴルフ倶楽部(所属)
 ヤマハ     (クラブ・ギア契約)
 パーリー・ゲーツ(ウエア契約)
 プーマ     (スパイク契約)
 タイトリスト  (ボール契約)
 デルタ航空   (オフィシャルエアライン)
 GENOVA  (インターネットスポンサー)
 CORUM   (腕時計契約)
 SERIZAWA FIELDS(オフィシャルweb)
 MUSASHI     (コンディショニングサポート)