ボロボロの左手首。“奇跡”の2勝目をトレーナーとの二人三脚で勝ち取った勝負師・高山忠洋!

左手首痛と戦いながら、開幕戦に続き残り1試合で今季2勝目を挙げた高山忠洋(カシオワールド=高知・Kochi黒潮CC)=提供:JGTO
左手首痛と戦いながら、開幕戦に続き残り1試合で今季2勝目を挙げた高山忠洋(カシオワールド=高知・Kochi黒潮CC)=提供:JGTO

 今季のプロゴルフツアーは、女子が一足お先にLPGAツアー選手権リコーカップで終了しました。男子ツアーはあと1試合を残すのみとなりましたが、この大詰めのカシオワールドオープン(高知Kochi黒潮CC)で開幕戦の東建ホームメイト杯に勝った高山忠洋(33)が、通算15アンダーで奇跡のような優勝を遂げました。開幕戦と、残り1試合の土壇場でと、最初と最後にシーズン2勝を挙げたのも珍しいですが、賞金王に決まった裵相文(べ・サン・ムン=韓国、25)の3勝に続く日本人唯一人の複数優勝でツアー5勝目です。優勝賞金は前週のダンロップフェニックスに続くビッグな4,000万円。賞金ランキングは石川遼を抜いて一気に2位に浮上しました。
 
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 プロ10年目でいまだに未勝利の宮里優作(31)との、1打差リードで迎えた最終日最終組対決。高山は、人気では絶大の優作に1度はリードされ、2度並ばれて圧倒される場面もありました。「優作の優勝を願っている声援が多かった。僕より優作の方がちょっと人気があるんだなぁと・・。僕は4勝してるのにネ・・。でも最後の最後まで分からなかったから、僕は楽しかったですね」一進一退の攻防に、高山は負けませんでした。高山の強い精神力をかい間見るようでした。
 “残り3ホール勝負!”それは二人が心に描いていた同じ思いでした。その17番。フェアウェイを捉えた高山に対して、優作は左ラフ。
「17番でラフに入れたのが全てです」と優作。難しいピン位置へ、高いボールを打とうとしたセカンドが、フライヤーになって飛び過ぎ、グリーン奥へオーバー。寄せも寄らずに痛恨のボギーでした。1打をめぐる大接戦を演じているとき、大詰の17番でのボギーは致命傷です。1打リードをもらった最終18番(530ヤード、パー5)勝負師・高山のウイングショットが飛び出します。
フェアウェイからの残りは263ヤード。3Wで2オンを狙った1打は、ピン右1メートルにつくスーパーショットでした。高山より飛距離の出る優作。同じく2オンは果たしましたが、距離がありバーディーをとるのがやっと。1メートルのイーグルパットを真ん中から沈めた高山は、終わってみれば2打差でのV。高山の勝負どころをしっかりと抑える強さと、飛ばし屋ながら、これまで13度の最終日最終組でいまだに勝てない宮里優作との“差”を、見せつけられました。
 

勝負どころで精度の高いショットを放った高山忠洋。18番では2オン、1メートルのイーグルショットで勝負を決定づけた(カシオワールド、高知・Kochi黒潮CC)=提供:JGTO
勝負どころで精度の高いショットを放った高山忠洋。18番では2オン、1メートルのイーグルショットで勝負を決定づけた(カシオワールド、高知・Kochi黒潮CC)=提供:JGTO

「18番のセカンドは“会心”というより、80点のできで飛んでくれて1メートルでした。あれ、会心だとでかかったと思いますね。優作はキャディーとよく話してました。二人で“優作ワールド”を出そうとして、こっちを引き込もうとしてた感じ。僕は独り言が多いので、“あいつの独り言に気をつけろ”なんてキャディーと話していたんじゃないかな(笑い)。日本人で2勝したのは一人だけ? 実感ないね。開幕戦とほとんど最終戦・・。日本人というより日本ツアーとして、もう1勝してベ・サンムンに追いつきたいね。最終戦もきょうのように気合でいきたいですね」
 
 高山は左手首の腱鞘炎(けんしょうえん)と戦っています。最初に痛みがでたのは「2003年だと思う」といってますが、多くは主に夏に発症するのだそうです。2008年は特にひどくて、注射を打ちながら試合に出てた状態でした。2009年の秋には手首のメンテナンスに詳しい秀島正芳トレーナー(29)と専属契約。そのとき「手首が切れそうな状態ですよ、といわれて即練習禁止。試合前の軽い練習だけに制限された」と深刻でした。そのオフには徹底した治療を施し、今年のオフは片山晋呉に「西洋ミツバチの毒が効く」といわれて沖縄でその毒を試したりもしました。
 
 今春は1月、ハワイのソニーオープン(米ツアー)に出場しましたが、初日73(パー70)で113位。そのあと左手首痛がひどくなり2日目のスタート前に棄権して帰国しました。ひどいときは「腱がこすれて輪ゴムが劣化した状態」になるそうです。国内の今シーズンは安泰でしたが、秋になって三井住友VISA太平洋のときに発症。前週のダンロップフェニックスは「微熱があって、小指にしびれがきてクラブもまともに握れない状態になった。フックグリップなのに、その握りができない。打ったら右にしかいかないので大事をとった」と棄権。秀島トレーナーの懸命な治療で何とか練習再開にこぎつけたのです。トレーナーのケアがないと悪化して痛みが出るという厄介な職業病に取り付かれた高山忠洋ですが、その間隙を縫ってよくぞカシオを制したものです。まさに不死身のプロゴルファーです。
 
 09年6月に結婚した美人妻、梢さん(30)は毎試合ラウンドに“帯同”している愛妻ですが、最終戦でも頑張れば初の1億円プレーヤーの仲間入りすると聞かされて「信じられません。一緒にいて、腕を痛がっている様子をずっと見てきましたから・・。嬉しいです」と、梓夫人も痛々しく、奇跡のような夫の勝利には感激ひとしおでした。
 和歌山・星林高時代は野球部に所属した高校球児。日本シリーズで日本一に輝いたソフトバンクの小久保は同校の6年先輩です。 スポーツマンとして勝負どころをわきまえている高山の強さは、高校時代から培われていたのかもしれません。それでなければツアーで5勝もできるはずはありません。