20歳のルーキープロ、渋野日向子(ひなこ)が海外メジャー初遠征で初勝利というどえらいドラマを演じました。AIG全英女子オープン(英ミルトンキーンズ・ウォバーンGC)で開催された全英女子、日本からは8人のプロ、アマ1人の計9人が参加しましたが、渋野はじめ横峯さくら、上田桃子、勝みなみ、安田祐香(アマ)ら6人が予選を通過。初日、1打差2位のスタートを切った渋野日向子が、3日目には単独首位に浮上。最終日、3番(パー4)で12㍍から4パットのダブルボギーをたたきいったんは首位を譲りながら、バックナインでは5バーディー、ボギーなしの31で回る信じがたい粘りで再浮上。首位L・サラス(米)と並んで迎えた最終18番(パー4)で5.5㍍のバーディーパットを沈め、通算18アンダーで再逆転の劇的初優勝を遂げました。日本で旋風を巻き起こした黄金世代の20歳は、77年全米女子プロの樋口久子(現LPGA顧問)以来42年ぶり2人目の日本人メジャー制覇。畑岡奈紗、鈴木愛、比嘉真美子らは予選落ちでした。
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緊張のメジャーの舞台でも常に笑顔を忘れない明るい渋野のゴルフには、世界中のゴルフファンから絶賛の声が巻き上がりました。この無名の新星に地元メディアは「スマイル・シンデレラ」の名称を授けました。試合中でも声援をくれた小さい子供には、ロープ際に近づいて手袋やボールを差出し、頭をなでるパフォーマンスも忘れませんでした。かと思えば、キャディバッグから好物の駄菓子やおにぎり、おつまみ干物などを取り出してもぐもぐ。エネルギー補給も怠りなく、またホール間のインタバルではギャラリーと気安くハイタッチを交わす姿も見せました。海外メジャーを戦っているとは思えない″ヒナコ〝の楽しそうなゴルフ。いままでの日本女子には見られない姿でした。
2位に2打差をつけて出た最終日。3番で12㍍から強気のパットで4パットを犯す落とし穴。しかし、そこから崩れ落ちるひ弱な日向子ではありませんでした。すぐ5番、7番のバーディーで取り返し、2打差3位まで落ちた折り返しの10番(パー4)。カラーからの6.5㍍「ここで切り替えないとと思って気合を込めた」(渋野)というバーディーパットが決まります。12番は253ヤードのパー4。グリーン右サイドには大きな池、左にはバンカーが待ち受けるこのホール。ワンオン狙いは避けて、ほとんどの選手が第1打を刻んでセカンド勝負に出るのですが、渋野は果敢にドライバー勝負。グリーン右いっぱいにワンオンを果たし2パットのバーディーで勢いをつけます。15番パー5は、3㍍を沈めて17アンダー。同じ17アンダーのサラスとついに肩を並べたのです。長いの短いのと次々と入れていくパットの冴えは、素晴らしいものがありました。
特にインコースを得意としてきた渋野でした。初日30、2日目35、3日目30をマークしてボギーなしのバックナイン。サラスは18番(パー4)で1.5㍍のバーディーパットをミス。単独トップを逃がして先にホールアウト。あとを追った渋野は、18番、フェアウェイから残り160ヤードをカップ5.5㍍につけるこちらもバーディーチャンス。大ギャリーが固唾を飲んで見守る中、素早いアドレスから放った渋野のウィニングパットは、軽いスライスラインを描き、真ん中からホールに沈みました。
パターを持った左手を天に突き上げ、顔をくしゃくしゃにして狂気の瞬間を噛みしめた日向子。詰めかけたギャラリーの歓声と波打つ拍手。勝負を争った相手方のキャディーまでが手を打って偉業を達成した「スマイル・シンデレラ」を祝福しました。笑顔の日向子にここでも涙はありませんでした。4日間を通してインは18バーディーでノーボギー。アウトは7バーディー、5ボギー、1ダブルボギーのイーブン。いかにインコースを得意としてきたかが分かります。キャディーバッグを担いだのは、ずっと渋野の指導にあたってきた青木翔コーチ。
「キャディーがコーチだったので日本でやってるのかなと感じるほどリラックスできた。クラブ選択やスイングのチェックもすぐその場でできたから心強かった。嬉しくて鳥肌が立ち過ぎ。いま緊張して言葉が出ない。食べたものを吐きそうです。18番、最後のパットは、ここで決めるか、3パットかどちらかと思って強めに打った。強すぎたかなと瞬間思ったけど、うまく転がってくれた。1オンを狙った12番は、ここで狙わないと悔いが残ると思いメチャ振った」と日向子。ボールは、魂がこもったようにグリーン右いっぱいに落ちてくれました。
優勝賞金は67万5000㌦(約7400万円)。「(優勝)賞金はいくらなの?」とあとで聞いたという話は、いかにも渋野らしいエピソードです。最終日の渋野の平均飛距離は264ヤード。優勝を争ったサラスやコ・ジンヨン(韓)、ブハイらをはるかに引き離していました。小学生のころソフトボールをやっていた渋野は、本来は右利きなのにバッティングでは左打ちでした。その左打ちで鍛えた右腕の強化が、ゴルフでは生きているのでしょう。さらに両ひじが内側に折れ込んでいる「猿腕」の特徴で、テークバックで両ひじがくっつくように上がり両わきがしっかりと締まっています。ダウンスイングでも両わきがよく締まり、腕が体の正面からずれません。振り遅れず、ボールに強い力をぶつけられる渋野スイングの特徴といえます。パターも上手いですが、渋野の方向性のいい飛距離は、彼女の大きな武器になっています。
岡山市出身。ソフトボールをしながら8歳でゴルフも始めました。中学時代に岡山県ジュニアに3連勝。これを機にゴルフに専念。藤本麻子らが先輩にいる作陽高3年時に中国女子アマ、中国ジュニアに優勝。17年にプロテスト失敗。どん底生活でプロへの夢を諦めかけた苦難の時期を経験しました。18年は1月1日付でプロ転向。TP単年登録。18年は2度目のプロテストに合格したもののレギュラーツアー出場は1試合で賞金は0円。QT40位の資格で出場する今季は、5月ワールドレディス・サロンパス杯で初優勝。7月資生堂アネッサと、ともに4日間大会に2勝。現在賞金ランク2位の約7820円を獲得しています。全英女子の出場権は、6月末のアース・モンダミンまでの「賞金ランク5位以内」。モンダミンで4位に入り、賞金ランク8位から3位に浮上して際どいところで初の全英切符を手にし、今回のビッグチャンスをモノにしました。まさに幸運児・日向子です。この優勝で世界ランキングも日本人2位の14位(日本人1位は畑岡奈紗の10位)に上がってきました。
今週末の国内ツアー、北海道meijiカップ(札幌国際CC・島松)に凱旋出場の予定です。
(了)