全米オープンへの渡米を控えた7日、石川遼(19)が日本外国特派員協会(東京・有楽町)の昼食会に初めて招かれ、約200人の内外記者団からの質問に答えました。国内ツアーは2週連続予選落ちして意気消沈しているかと思われましたが、「この一週間、充実した練習で手ごたえのある調整ができている」と元気に語り、メジャーへの挑戦は「マスターズはじめメジャーにいつかは勝つのが僕の夢。今度の全米オープンもわくわくする気持と、どれだけたたきのめされてくるか、という気持と両方の思いがある」と、正直な心境を吐露。米ツアーへの挑戦時期など本音で語る石川遼に外国特派員からも大きな拍手が湧いていました。また7月には東日本大震災の被災地への2度目の激励訪問計画があることも披露しました。
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日本外国特派員協会は時の人、話題の人を折にふれて招き、ランチとインタビューを行うイベントを催しています。政界、財界、スポーツ界、外国要人と、招かれる人は多彩ですが、ゴルフ界ではかって尾崎将司や片山晋呉も招かれたことがあります。久々にゴルフ界から招待された石川遼の”人気”は、ここでも抜群。会場になった協会内のメインダイニングルーム”PEN&QUILL”は、開演の午後12時30分を待たず約200人の内外メディアと関係者で埋まりました。
ダークスーツで登場した石川遼は、大きな拍手で迎えられ壇上の席に協会役員に挟まれて着席。用意されたローストサーロインビーフの昼食を出席者とともに楽しみました。午後1時過ぎから始まったQ&Aは、当然英語でのやりとり。最初に挨拶に立った遼は、簡単な英語で自己紹介と招かれたお礼を述べ「英語は得意ではないので、これからは日本語で話します」と断り、隣席の通訳女性の同時通訳で話は進みました。
司会者から今季の石川遼の成績と、先に発表した被災者への獲得賞金全額寄付と、ツアーで1バーディーにつき10万円寄付の支援プランが改めて披露されました。
冒頭、石川は「16歳でプロになり今年9月で20歳を迎えます。これまでのゴルフ人生は順調過ぎるくらいにこられました。ジュニアでゴルフを始めてからずっと僕を支えてくれた家族。アマチュア時代にはゴルフ協会や関係者のみなさん。プロになってからはスポンサーやファン、関係者の方々にお世話になってここまできました。これからもまだ長く僕のゴルフ人生は続くと思いますが、僕も努力を重ねていくので、どうか暖かい目で見守っていただきたいです」と、挨拶しました。
最初の質問は「米ツアーのほか、ヨーロッパツアーへの思いはあるか」と問われました。
遼は即座に答えました。
「僕は小さいころからアメリカだけでなく、世界を見ていました。丸山茂樹さんや今田竜二さんらが世界に出て行って活躍されているのに憧れています。僕もアメリカだけでなく世界のいろんな国でプレーしたい。いま世界ランキングの上位はヨーロッパ勢が多く占めています。僕のいまの立場では、全英オープン以外はヨーロッパに行く機会が少ないですが、チャンスがあれば挑戦していきたいと思っています」
今年の全米オープンは、ワシントンDCに近いコングレッショナルCCで6月16日に開幕します。昨年のぺブルビーチ(33位)に続き2度目の全米OP挑戦の石川は10日に出発予定ですが、その全米に対する心情も語りました。
「出場権を得られてホッとしていますが、世界ランク49位での滑り込み出場の立場からしますと、世界のトップたちとの実力の差も痛感しています。出場できるのはワクワクですが、どれだけできるか。たたきのめされて帰ってくるのかな、という両方の思いがあります。日本人のメジャー優勝はまだいないのですが、韓国人選手がメジャーでもいいプレーをしている。体型的にも体力的にも日本人と差がない韓国人ができるのなら、僕たちだってできると思うし刺激になっています。全米もいつかは勝ちたい。今年も”いい経験をした”だけで終わらないように、肌で感じながら上位を目指してやってきたい」
途中で大いに受けた?のは”ここ2週間、連続予選落ちをしていますが・・”というQでした。ニヤリとした石川は「この質問がないのはおかしいと思っていました・・」と返して大爆笑。
「2週間、悔しい思いをしています。何が悪いのかというと、グリーン周りでのミスです。だれでも4日間戦ってミスのない人はいません。ゴルフはミスと戦っていくスポーツです。その中でアプローチとパットが最重要です。この2週間、僕はこれが悪いサークルに入ってしまって、ボールをカップに入れようとすると、どんどん遠ざかってしまうのです。精彩を欠いてます。こういうときがあるのですね。でもこの1週間でいい調整ができました。手ごたえがあります。1年間を終わったときに、”ああ、2週続けて落ちたときがあったね”と振り返られるようにしたい」。
米国人記者(女性)の質問でした。「大きな試合に出て、遼はプレッシャーとどうやって戦っているのですか?」と。
石川はすかさずけげんそうな顔で答えました。
「この質問が海外でも一番多いのですよ。僕を見ていてプレッシャーがかかっているように見えるのでしょうかね。僕にはプレッシャーというものはないんです。”僕はプレッシャーと戦っているのかな”と自分で思ったりします。それほどないのです。応援してくれたり、ギャラリーが多かったりしてもプレッシャーにはなりません。僕らプロゴルファーは、こうしたことがプレッシャーになるようだったら仕事にならないです。将来いつかマスターズで優勝したいという夢を頭の中に持ってさえいれば、自分を見失うこともないいと思っています」
いま、世界のゴルフはポストタイガー・ウッズともいわれ若い20歳代の期待の星、ロリー・マキロイ(北アイルランド)、リッキー・ファウラー(米)に加えて石川遼。さらに石川と同じ19歳の盧承烈(ノ・スン・ヨル=韓国)らが注目されていますが、石川の目は厳しいものがあります。
「3アール(R)なんていわれるのは光栄ですが、マキロイ、ファウラーには、いまの僕の実力では及ばない。でもゴルフは20歳代前半あたりでの勝負とは思っていませんし、いまの年代で比較されるのはつらいです。ジュニアのころからよく父親に言われてきたのですが、ゴルフはもっと大人になってからが勝負だと。30歳半ばがゴルフでは一番いいときを迎えられるともいわれますから、あと10年後くらいにマキロイとファウラーと世界一を争いたいです。いまの年で2人に負けたくないとは思っていません」
不振が続いているタイガー・ウッズについての思いも聞かれました。
「タイガーがひざを悪くしたとか、トーナメントをリタイアしたとかいうニュースは、インターネットなどで見ます。僕はタイガーをみるときは、どうしても一人のファンとしてみてしまうのです。全米オープンまでに治すといっていますが、大丈夫なのかなと思ってしまう。選手としては、今年もアメリカで練習場でタイガーの隣で打つ機会があったのですが、10ヤードのショットからドライバーまで、球の飛び方が違います。他の人ができない飛ばし方をします。隣で打っているのが恥ずかしい思いでした。まだ世界でNO1だと僕は思っていますし、メジャーで勝ってほしいという気持ちですね」
日本ツアーはまだ7試合を終わったところですが、1月から開幕している米ツアーはもう20数試合を消化して後半戦に入っています。そのあたりの”差”も問われました。
「1月から暖かいところを求めて移動す米国と違って、日本には四季がある、日本をホームツアーにしている自分は、今のところはまだ日本を主戦場にしたい。アメリカを往復するのは体力も時間も必要ですが、それも含めたものがゴルフの戦いだと思っています。今の環境に満足しています。自分も将来的にはアメリカを主戦場にして戦えるような選手になりたいですが、それは1年先か、2年先か、5年、10年後かは分かりません。今のところは日本でもっと成長して、スポット参戦で海外に出たい。中嶋常幸さんから”日本をホームにしているからといってメジャーに勝てないことはない。スポット参戦でもメジャーで勝つことは可能だ”といわれたのは、胸に響いています。アメリカに1年を通していたからといって勝てるものなのかどうか。あるいは日本で万全の準備をしてから行っても成功するとは限らないでしょう。慎重になりすぎても、思い切った1歩が出せないですから、そのあたりをよく考えて、自分の将来への道を決めていきたいです」
慎重な表現ながらも、やはり将来は本場の米ツアーで戦いたいという改めての意思表示でもありました。会場からは大きな拍手が起こっていました。
約1時間。石川遼は内外の記者からのきたんのない質問に、じっくりと考えた本音で語りました。いまさらながら、19歳にしてすばらしい頭脳をもったスポーツマンです。
7月には選手会と連動しながら被災地への2度目の現場慰問を行う計画があることも明かして会見を終わりました。最後には日本外国特派員協会の名誉会員証がプレゼントされました。