今年のゴルフツアー、先週の女子に続いて男子も日本シリーズJT杯(東京よみうりCC)をアメリカ帰りの小平智(29)が制して、幕を閉じました。石川遼(27)、黄重坤(ハン・ジュンゴン、26=韓国)との3人プレーオフを制した小平。本格参戦した米ツアー、4月にはRBCヘリテージで米国1勝を挙げ、先週は谷原秀人とともにISPSハンダW杯(豪・メルボルン)に出場(日本は23位)。帰国したその週に国内4戦目での快挙と、多忙な1年を締めくくりました。日本ツアーは通算7勝目。13年ツアー選手権、15年日本オープンに続く3つ目の日本タイトルを獲ったメジャー男・小平智を蘇らせたものは? また、今季の賞金王は今平周吾(26)が1億3
911万9332円で初獲得しました。
☆★ ☆★ ☆★
東京よみうりの名物18番パー3。今年も球史に残るドラマが繰りひろげられました。227ヤードと距離のあるグリーンは、初冬の夕暮れ、西日の逆光でかすんで見えました。すり鉢状、天然芝生のスタジアムに囲まれたグリーンには、数千人のギャラリーが見守りました。強い傾斜の受けグリーン。ピンより上につけては地獄です。通算8アンダーで並んだ史上初の3人プレーオフ。オナーの石川が打ちます。手前中央、やや右サイドに切られた最終日のピンポジション。石川の球はピンより左に飛んで左上15㍍と難しい位置に落ちました。小平も同じ左サイドでしたが遼の内側9㍍。黄は左バンカーに落として早々ほぼ脱落です。
石川のファーストパット。下りを怖がった弱いヒットで、カップより大きく手前を右へ切れて、6㍍下まで流れ落ちました。どよめくギャラリー。これを見た小平は、果敢にヒット。それでもボールはカップ近くで右へ切れ落ち、1.5㍍下へ。石川のパーパットは、またも右へ切れてパーセーブが成りません。黄の5㍍のパーパットも外れて、残るは小平の1.5㍍のウィニングパーパット。これを慎重に沈めて、厳しいサバイバル合戦は、パーを取った小平の頭上に輝きました。何とも非情な18番グリーン。過去にも数々の悲喜劇を生んだ″魔のグリーン〝です。いまは亡き名匠・井上誠一氏が9番ホールとして作りあげたこの難ホールは、のちにTV中継用の名物ホールとしてアウト・インを入れ替え、現在の恐怖の18番最終ホールとなってゴルファーたちに牙をつきつけます。
本戦の18番グリーンでこんなことがありました。石川遼が同じ附近から打った7㍍のバーディーパットが、きれいなスライスラインに乗ってだれもが″入った〝かに見えました。が、無情なボールは、カップをなめて下方に滑り落ちました。天を仰ぎ、手で口を押さえる仕草に、紙一重で逃げて行った勝利への悔しさがにじんでいました。これが入っていれば石川遼の劇的優勝でした。遼に勝ち運がなかったのでしょう。「でもあのパットは、いい集中力で打てた。入ったら奇跡でした。入る入らないは関係なく、あれは次につながる自信になるパットでした。優勝の可能性を感じさせるパットが、久しぶりにできました。打つまでの雰囲気が、勝ったときよりもいい感覚でボールに立ち向かえたのがうれしい」と、述懐しています。勝負のアヤを、いやというほど感じさせた18番グリーンの明暗でした。
軸足を米国に置いている小平が、国内最終戦のメジャーに故国で勝つ。勝利が決まると、グリーンサイドで息を凝らしていた妻の古閑美保プロ(36)が、小平に抱きついて号泣しました。同じプロゴルファーとして、夫の快挙の意味が痛いほど分かるからでしょう。4月、米ツアーで1勝してから、小平の苦しみが始まりました。「勝ちはしましたが、アメリカにはいろんな凄い選手がいて、自分は劣っているなと感じ始めたのです。高い球も必要だし、飛距離も魅力。どうやって打ったらいいんだろうと試行錯誤していたら、スイングが勝手に変わってしまった。元に戻そうとしてもなかなか戻らなくなった。悪い方に進んで、自分のゴルフが出来ないんです。6月から9月くらいはつらかったです。練習するのが1番落ち着くので、もうめちゃくちゃ練習しました。予選落ちが続いたので、土日とかは毎日5~6時間も練習場にいましたね」
そんな小平を救ったのは、ベテランキャディーの大溝雅教さんだという。かつては片山晋呉の賞金王ゲットに力となった大溝キャディー。その後、女子ツアーや何人もの男子プロもバッグを担ぎ、ここ2年ほどは小平の専属キャディーとなって米ツアーにも帯同する名コンビとなりました。何事にもくよくよしないフランクな大溝さんは、プロに対してもメンタル面の助言を得意とするタイプのキャディーです。10月ころのことでした。食事を共にしているときにさりげなく言ってくれた言葉が、小平の胸に響いたのだという。「智、自分のゴルフをしてアメリカでも勝てたんだろう。そんな自分のゴルフを変えるな。適当にゴルフを
しろ。前はそうだったじゃないか」と。何でもないような一言でしたが、ピリピりしていた小平にはグサリと刺さりました。「軽い言葉なんですけど、自分にとっては重たかった。それまでいろいろ考えてしまって″適当にやる〝ことができなかった。ゴルフってそれをするのが一番難しい競技なんです。何も考えないでゴルフをするのが去年までは出来ていたのに、考え過ぎてできなくなっていたんです。大溝さんの一言で吹っ切れたというか、シンプルに考えるようになって、そこから調子が戻ってきました」(小平)。
そういうシンプルプレーが、東京よみうりでの最終戦では出来ていたという。この1勝で4000万円を稼ぎ、国内でも獲得賞金7598.3万円として賞金レース6位にランクされました。来季へ向けてこれ以上の終わり方はないでしょう。米ツアーの新シーズンは、すでに10月から始まっていますが、米ツアー2年目のために、今年は未経験のコースを多く転戦したとか。その中から自分のゴルフに合ったコースを優先させて、新シーズンは試合にエントリーしたいとターゲットを絞っています。翌3日に都内のANAインターコンチネンタル東京で行われたJGTO今シーズンの表彰式では、日米各1勝を挙げた小平に特別賞が授与され「非常に光栄」と感極まった表情でした。米ツアー2年目小平智に、が然大きな期待がかかってきました。
(了)