今週もシニアツアーですが、三重県津市の榊原温泉ゴルフ倶楽部で行われた「榊原温泉ゴルフ倶楽部シニア」は、2日間競技で賞金総額2000万円、優勝賞金は360万円というスリムな試合で、それなりに話題を集めました。賞金総額1億円超、優勝は2000万円以上が当たり前というレギュラーツアーからしますと、とるに足らないマイナーな試合にも見えますが、年間8試合しかないシニアツアーでは“貴重な1戦”なのです。60人のプレヤーが必死になって戦った結果は、シニア4年目の水巻善典(53)がドラマチックにシニア初優勝を果たしました。いま、新しい人生を歩んでいる久美夫人と、18番グリーン上でみせた笑顔のツーショット。これもプロゴルファーの一つの生き様です。
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533ヤード、パー5の最終18番ホール。小さなマウンドを越えていく240ヤードを、水巻は3Wで果敢に2オンに挑戦しました。以前の水巻なら、こは堅実に刻んだでしょう。
すばらしい軌道で飛んだボールは、グリーン奥のピンへ一直線。カップ手前10メートルにナイス2オンでした。イーグルパットは僅かに外れましたが、イージーバーディーでフィニッシュ。6バーディー、1ダブルボギーの「68」。2位を5打ぶっちぎる通算12アンダーでのシニア初勝利でした。
2日間の短期戦は初日のスコアがモノをいいますが、水巻は1Rも3番(パー4)でエッジから直接入れた1イーグルを含めて6バーディーのノーボギー。「64」をたたき出して、2位に4打差をつけるロケットスタートでした。2日間の試合で初日の“4打”の貯金は大きいです。2日目の最終ラウンドも危なげはなかったですが、9番でドライバーを左に曲げるOBを出し(ダブルボギー)、猛追してきた中村彰男に1打差に迫られる場面がありました。しかし、すぐ10番のパー5で、2オンを狙った2打目をグリーン脇のバンカーに入れましたが、ここから寄せてバーディーとしました。OBのあとすぐバーディーで取り返したあたりは、積極的に攻めるようになった今年の水巻の真骨頂でした。この後は3つのバーディーを重ねてインは32。楽勝のバックナインでした。
安定度は抜群なのに、優勝に絡めない水巻のゴルフは、レギュラー時代からはがゆいものがありました。「フェアウェイを外す心配はあまりしたことがない」という水巻ですが、飛ばし屋ではありません。グングン攻めていくゴルフは水巻には縁遠かったです。
「もともと僕はゴルフが楽しいと思ってやっていなかった。だから勝とうという意識もあまりなかった」と、自ら認める冷静派なのです。それでもレギュラー時代は関東オープンなど7勝の実績があります。シニアに入った2008年も、資格がありながらシニアツアーに飛び込むことはしませんでした。秋の日本シニアオープン1試合だけに出場(20位タイ)してこの年は終わりました。
フル出場は、シニア2年目の09年から。いつ優勝してもおかしくない内容なのに、優勝争いで勝ち抜くような試合はありませんでした。4年目、20試合目で今回の初優勝となりましたが、その間、2位3回、3位1回、10位以内10回という安定ゴルフが水巻の取り得でした。水巻といえば、93年に米ツアーQスクール(予選会)に合格。94年から米ツアーにも挑戦。95年春には日本の家は売却して米国に居を移し、子供も米国の学校に入れるなどして米国生活に没頭しました。94年のバイロンネルソンでは6人プレーオフに加わり、おしくも2位タイに終わる実績も残しました。2年間の米ツアーを終えて帰国後は、おしどり夫婦といわれた元女子プロの順子夫人と離婚。現在は京都で料理旅館を営む久美さんと再婚して新たな人生を始めています。
そんな水巻の“人生を変えた”のは、あの3月11日の東日本大震災だったのです。
「目の前で一瞬のうちに家が流され、家族や知人が流されてしまう光景を見て、考えさせられました。プロゴルファーでありながら、ゴルフがつまらないなどといっていたらどうするんだ。ゴルフができる幸せを感じて、せめて楽しくゴルフをやらなくてはだめだ、と思い直しました」
楽しくゴルフをやるにはどうすればいいか。それはやはり飛ばすことと思い、飛ばし屋の川岸良兼や小林正則らに「飛ばし方」を聞きました。ステディゴルフの水巻善典は、3月以来、飛ばし屋に向かって変身を図ったのです。
「飛ばすスイングをすれば、飛ぶようにはなりますが、曲がる危険も出てきます。いままでゴルフをやっていてOBなんて縁がなかったのに、そのOBが出るようになった。でも、当たったときは290ヤードから300ヤードと、いままでより20ヤードは飛距離を出せるようになった。これでゴルフが楽しくなってきて前向きになれた」。
1週前のコマツオープンでも17個のバーディーを奪って“最多バーディー数”を記録しました。ただしOBも2個出しました。優勝できた榊原温泉シニアでも、パー5のホールはほとんど2オン狙いでクラブを選ぶようになりました。その結果がパットの好調もありましたが、1イーグル、12バーディー、1ダブルボギー(OB)の12アンダーというビッグスコアに結びついたのです。
「今回も特別勝とうという気はなかったですが、飛ばしたいと思いながらゴルフをやってます。普段、遊びでは飛ばそうと振り回していたゴルフを、いま試合でやってるとう感じです。パターも入って優勝できたのはありがたかった。一生懸命にゴルフをしなきゃあという思いになってきました。変身したというところですかね。前向きになれて気持がいいです」
シニア4年目にして初優勝が成ったあとの水巻善典のコメントです。3日間大会も、2日間大会も、水巻には関係なかったのです。水巻善典の第2の人生は、ゴルフ人生も変えたといっていいでしょう。また、見逃せないシニアプロが一人誕生しました。