今年のアマチュアゴルフ最高峰を制したのは、石川遼、松山英樹と同じ91年生まれの小袋秀人(21)でした。今秋のプロツアー最終予選会(QT)に挑戦するため、今春4月、日大を中退。最後の日本アマ(奈良・奈良国際GC)で「アマ日本一」を決めた小袋は感無量。キャディを務めた父親・和浩さん(49)と歓喜のハイタッチで喜びを分かち合いました。神奈川県出身で、日大2年の昨年(2011年)は、朝日杯日本学生選手権で優勝するなど、アマ時代はそれなりの実績を挙げた男。183センチの長身でドライバーの平均飛距離は300ヤードの飛ばし屋。来年からは石川遼、藤本佳則、川村昌弘らプロの舞台でツアーを盛り上げる“遼世代”に、また一人、大物が加わりそうです。
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日本アマは5日間の長丁場。2日間の予選は36ホールストロークプレー。決勝に進んだ32人による決勝ラウンドは、3日間のマッチプレーで行われます。最終日は36ホールの“死闘”です。中でも最後の18ホールは、さすがに各選手疲労でクタクタ。小袋の相手は、17歳2ヵ月での最年少優勝を狙った比嘉一貴(沖縄・本部高2年)でしたが、取っては取り返す大熱戦が続き、小袋も2度の2アップを追いつかれる苦しい場面もありました。特に最後の9ホール。互いに疲労で精度を欠き、ボギーをたたいた方がホールを失うという展開でした。10番(パー5)は小袋が3パットのボギーでオールスケア。13番(パー3)は比嘉がボギーで小袋が1アップと抜け出します。迎えた最終18番(36ホール目)、またもボギーを犯した比嘉に対し、小袋はきっちりパーをセーブして2アップ。7時間50分を超えようかという死闘に終止符がうたれると、キャディを務めた父親とともに優勝トロフィーを掲げ喜びを分かち合った小袋。
「疲れもプレッシャーもありましたが、もう最後は意地とプライドでした。でも一番の親孝行ができました。感謝の気持ちでいっぱいです。長い一日でした」
4日目の準々決勝では“スーパー高校生”伊藤誠道(東京・杉並学院高2年)と、これも大激戦を演じました。小袋が5バーディー、ノーボギー。伊藤が4バーディー、ノーボギー。ともにボギーなしの好ゲームを展開して2アンド1で小袋が勝ち進みました。小袋は「マッチプレーはストロークと違って、最後はショートゲームとパッティングに勝負がかかる」と信じ、ショートコースへ週3回通い、ショートゲームとパッティングに磨きをかけたそうです。次の準決勝ではナショナルチームのメンバーとしても仲のいい香妻陣一朗(宮崎・日章学園高3年)と対戦。小袋は1番でいきなり30ヤードのアプローチを「イメージ通り」打って直接放り込むイーグルで弾みをつけました。「ショートゲームはショートコースへ通って練習した成果だと思います」と、小袋クン。5日間、随所で好プレーを続けて勝ち上がりました。
ゴルフ好きの父親の影響で5歳からゴルフクラブを握った小袋秀人。高校時代から日大に進学してぐんぐんと力量を発揮し始め、10年には日本学生4位タイで頭角を現しました。10年、11年の日本アマはともに1回戦敗退でしたが、11年の朝日杯日本学生では松山英樹やいまはプロの藤本佳則らを抑えて見事に優勝。10年、11年の日本アマ1回戦敗退も薬になりました。「ストロークプレーの感覚でやっていたのが失敗。1打1打でメンタル面で負けないように」と、反省して訓練を重ね、ついに日本アマでのリベンジを果たしたのです。
自宅の駐車場を練習場に改装して毎日打ち込んだり、仲良しの香妻とはともに厳しいトレーニングも続けてきました。その結果は「最近、体幹が鍛えられた」と述懐しています。それが日本アマの5日間の長丁場にも耐えられたのでしょう。アマ時代の仲間だった石川遼や藤本佳則や川村昌弘たちと、プロの舞台で早く戦いたいとの夢を抱いて今年秋のQT受験を決めました。そのために、4月には日大も中退、神奈川・戸塚CCでキャディーのアルバイトしながら練習を重ね、プロ転向にかけています。同じ91年生まれの石川遼、松山英樹たちとは小2のころからのゴルフ友達。
「だから早く遼クンに追いつき、追い越したい。松山クンもすぐ来るだろうから我々の世代みんなでプロツアーを盛り上げたいです」
プロもアマもいまや“遼世代”です。今年の日本アマの頂点に立った小袋クンは、間違いなく次のステージへと突進しそうです。