苦節プロ11年目の33歳。これこそ遅咲きの大輪というのでしょう。勝っておかしくない試合を何度も逃がし「男子ゴルフ界の七不思議」といわれた岩田寛(東北福祉大卒)が、ついに悲願の初勝利をつかみました。フジサンケイクラシック(9月4~7日、山梨・富士桜CC)は、最終日、悪天候と濃霧に阻まれ、2時間21分の競技中断がありましたが、岩田、B・ジョーンズ(米)、I・H・ホ(韓)が通算9アンダーで並んで迎えた最終18番(パー4)。岩田は残り190ヤードのセカンドを7番アイアンでピン1.5㍍につけるスーパーショット。これを真ん中から沈めるバーディーでカッコいい決着をつけました。最終日18番をバーディーにしたのはこの岩田ただ一人。2打差の3位スタートの″シャイで静かな男〝が、通算202戦目つかんだ劇的なプロ初V。来季、米ツアー下部ツアー出場への最終予選会挑戦を明かしました。
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父親・光男さん(70)は、PGAのティーチングプロで、いまも地元仙台で活動中の人。もちろん、スケートボードに凝っていたヒロシを、14歳からゴルフに引っ張り込んだ 父親は「おれを黙らせるくらい練習しろ」としったしてきた厳しいコーチでもあります。東北福祉大では宮里優作と同級生。04年にプロ転向。06年に賞金ランク62位で初シードを獲得し、8年連続で維持しています。飛ばし屋ですばらしい技術も光るのに、勝てなかったのが不思議がられました。07年には平均パット1位に輝き、日本シリーズ
など3位に3度入って賞金ランク16位まで上がりましたが″優勝〝の2文字に縁がありませんでした。「パットは日本を代表する選手」(宮里優作)というそのパットで、08年のフジサンケイでは18番で入れれば勝ちの「1㍍」を外してプレーオフに持ち込まれて敗戦。同じ08年のつるやオープンでは、残り2ホールで2打リードしていながら連続ダブルボギーを叩いて逆転負け・・。12年はサンドセーブ率1位になったのも空しいツアー生活でした。人が良すぎるのか、気が弱いのか、それともツメの甘さなのか。「時間の問題」といわれ続けてきた初優勝に11年もかかったのが、勝負の世界の厳しさなのかもしれません。
今季は4月の東建ホームメイト杯、8月のダンロップ・スリクソン福島でともに2位。徐々に力をつけ、精神的にも落ち着きを増して「ずっとやってきたことに1打集中が出来てきた」(岩田)と、くるべき時がきたといった感がありました。今回、初日の8位から5位⇒3位と順位を上げ、最終日は6バーディー、1ボギーの66(ベストスコアタイ)はお見事。大詰め18番でのセカンドショットと、勝負を決めたショートパットは、遅まきながらその成長を実証した勝者のプレーでした。
岩田寛のコメント
「やっと初優勝ですが、意外になんか普通ですね。あっけなかったですね。もっと苦労するかなと思っていましたけど・・。最後のセカンド(190ヤード)は、6番アイアンでいこうと思っていたのですが塚田(陽亮)さんがオーバーしたので、フォローと思って7番に替えて右から(ドローで)いきました。気持ちだけで打った1打で、近くに寄せることしか考えてなかったです。パットもラインが全然わからなくて、どうみても真っすぐにしか見えなくて真っ直ぐ打ちました。緊張してましたね。(ここまで時間がかかったが)短くも長くも感じてないです。ただ、自分の努力を怠ってただけで・・。もう勝てないのかとか、いつか勝てるとも考えていなかたです。自分のやるべきことをやっていたら、勝てるとは思っていました。つるややフジサンケイで勝つチャンスがあって勝てなかったけど、あの時勝たなくてよかったと思いますね。もしあそこで勝っていたら、調子に乗ってシード落ちしてたと思います。いま、6年前よりは成長してますから。(これまでと何が違った?)落ち着いてましたね。焦りもないし・・。それが当たり前のことですけど。1勝しても別に変りたくないですね。いままでやってきたことを、また明日から普通にいつも通りやるだけです。無愛想な僕ですけど、温かい応援をくれたギャラリーには応援ありがとうといいたいです」
11年目の初優勝に、涙もありませんでした。インタビューも、淡々と冷静に、特別なリップサービスもなく、静かに答えるそんな性格の岩田です。その岩田が「ウルッときた」といったのは、18番グリーンに目を赤くして駆け寄ってくれた師匠とも仰ぐ谷口徹(46)と、同期の宮里優作の涙顔を見たときでした。3年前から谷口のオフの宮崎合宿に加えてもらった恩人の涙。
「スイングに悩んでばかりいた自分に、谷口さんのやっていること、言うことはすべてびっくりするほどシンプル。尊敬する人ですね。優作も、きょうは僕のために泣いてくれたみたい。それも嬉しかったですね」
遅咲きヒロシのドラマは、それなりに味わいがありました。一方、トップを走っていた人気の池田勇太は、11番(パー4)で右の深いラフから第3打をチョロ。第4打が前方の松の木に当たってバンカーへ。5オン2パットの「7」(トリプルボギー)を叩いて終戦でした。前日3日目には左ラフからの60ヤードの第3打を直接カップインさせるバーディーで流れをつかんだそのラッキーホールでの沈没とは皮肉でしたが、それもゴルフでしょう。今季初優勝が期待された勇太から、勝利の女神はスルリと未勝利の寛へ方向転換しました。
賞金ランクでも、岩田は1位を走る小田孔明と約780万円差の2位に上がってきました。米下部ツアーへの出場権を得るための予選会に出られる可能性が濃厚です。
「中学時代は野球、そのあとはまったスケボーと、どのスポーツをするときも、自分の中にはアメリカがあった」という岩田。今年も米ツアー出場を目指して2部ツアーの予選会から挑戦するつもりです。「やるなら世界で。世界で一番レベルの高いところに行かないと分からないことがある。(東北福祉大の後輩)松山英樹が頑張ってるのもモチベーションになる。でも彼、もうちょっと楽しそうにやってくれればいいけど。いつもふてくされてるから」ー静かな男が最後には突然、アメリカへの熱い思いを語り、そして英樹への先輩・岩田らしい一言もチクリ。
33歳。独身。遅咲き岩田のゴルフ人生のターゲットは意外に高く、それはいま始まったといえるかもしれません。